No.005 ドラゴン・リーさんの「ブルース・リーとわたし」

ドラゴンリーです。

リーと初めてであったのは、ドラゴン危機一発でした。当時11才の私は、やや太り気味の為 両親のすすめで柔道を習っていました。そのなかでちびでうるさい緑帯がいて、ただでさえうるさいのに柔道なのにやたら蹴ったり殴ったりして奇声を上げている子供がいました。

私の友人が
「あれはブルース・リーとか言う人の真似をしているんだよ」
と教えてくれ
「ブルース・リーて?」
と聞き返す私に、
「8時だよ。全員集合の初めの芝居に加藤茶といっしょに奇声を上げている人だよ。今映画が来ているから見にゆく?」
「いく。」
という具合でした。

ここで当時の私は、テレビにドリフといっしょに出ている変な人がブルース・リーだと勘違いしているわけです。

日曜日に映画館に行く事になり、9時からの上映だけども早くいったほうが良いとの事になり、7時に映画館につきました。それでも20名くらいの人がキップ売り場の前に並んでおり、その中に他の友人も含まれていました。

8時くらいになると映画館の周りは、リーを見るための人だらけで約50メーター先には違う映画を上映している映画館があるのですか、それを通り越してまだ人が集まってくるくらい盛況でした。映画館の館主が状況を把握したため、入場の時間を繰り上げて私たちはやっと映画館に入る事になりました。

私の住んでいるところは地方の為、ロードショーでも2本立てです。もう一本は「ドーベルマン・ギャング」というドーベルマンという犬を使った銀行強盗の映画でした。危機一発は、その後の順番だったためくだらない映画を一本我慢してみて、やっとリーに出会えました。

オープニングから激しいイメージで全身が震えました。危機一発は当時の私にとっては、かなり残酷な映画で血がどくどく出て、多くの人がなぶり殺しにあい、友人や親戚が殺されるというショッキングな内容で、リー自体も傷つきながら悪人を倒し、最後に警察に逮捕されるというまさにショックに次ぐショックの連続でした。

映画を見た後、かなり影響を受けたのでしょうか。

当時流行っていた消しゴム人形でリーの格闘を再現したりしていました。まだ自分で蹴ったり殴ったりの真似をするまでにはいたらなかったようです。又あれは映画の中の出来事と感じとっていたからも知れません。

その後、リーに影響を受けた友達は後を絶たず、学校でも真似事をするようになります。

その後、リーの一周忌に「ドラゴン怒りの鉄拳」が公開され、2番館で「燃えよドラゴン」を見てますますリーにはまって行きます。幸いにして、香港でリーがブームになる為の映画が一番最初に見た映画であった事が、不完全なリー映画のブームになる過程を敬遠できたように思えます。

リーの事を書かせると、終わらなくなりますのでこれくらいで止めます。このサイトをご覧になっている方といつか何処かでリー談義ができる事を望みます。因みに私は、関西の和歌山というところに住んでいます。近くにお住まいの方、是非ともメール下さい 。

ドラゴン・リーさん、ありがとうございました。

「全員集合」の人はドリフのメンバーになりそこなった"すわしんじ"さんですね。そんな勘違いをしていた人もたくさんいたのでしょうね。それにしてもすごい「危機一発」鑑賞記ですね。当時の熱狂ぶりが伝わってくるようです。わたしもリーの映画を見るためにいろいろなくだらない併映作品をがまんして見たものです。ちなみに「ドーベルマンギャング」はたしか「2」も作られましたね。リー作品を制作された順番通りの鑑賞体験というのもこれまたある種「貴重」なものですね。ちょっとうらやましいデス。