No.009 KOJIさんの「ブルース・リーとわたし」

つよしさん、いつも拝見させて頂いてますKOJIです。
早速ですが、私とLEE様との出会いについて簡単にお話しします。

初めてLEE様の存在を知ったのは、確か小学校3~4年生ぐらいだったか?もちろん『燃えよ!』の大ブレイク時ですね。学校のゴム縄跳びでヌンチャクを作っているヤツばかりでした。(私もその一人ですが)かっこいいけど、コワそうな人だな~ってのがLEE様の第一印象。
 ただ、当時はうちの家庭や学校が厳しく、劇場へ見に行くことはありませんでした。(唯一、劇場で見れた映画は『東映まんが祭り』ぐらいだったかと記憶してます。)当時、LEE様については未だ生きてる人だと思い込んでました。昼のTV(アフタヌーンショーかな?)で、何度かLEE様について取り上げてましたね。体に針を打ったLEE様そっくりさんが、ヌンチャク振り回して何かしてたのを覚えて
ます。
 学校では、当時チラシブームがあり、私も様々なチラシを集めてました。LEE様のものはやはり人気ありましたね。高学年になるにつれ、やっと劇場でLEE様の『燃えよ!』に出会えました。その後、各作品を拝見したのですが、やはりドラゴン・ブームって今思えば凄いですよね!だって、町のどの劇場も『・・・ドラゴン』の看板だらけ。香港産、米国産、日本産の何人ものドラゴン達で流行ってましたから。映画雑誌の人気投票にて、長年1位をKeepし続けたLEE様でしたが、『死亡遊戯』の
公開後J.チェンの出現でその座を受け渡し、あの時の寂しさは未だに忘れられません。
 LEE様の追悼式には、毎年欠かさず参加してました。先日の追悼式は、15年ぶりで、何かすっごく懐かしい思いでした。
 何か、まとまりのない文になってしまってごめんなさい。これからも、皆さんとLEE様について熱く語り合いたいです。

KOJIさん、ありがとうございました。

体に針を打ったそっくりさんって一体?チラシブームありました!わたしもはまりましたよ。うちはいなかなので映画館そのものが少なくチラシを入手するのは至難の技でした。まったく当時はドラゴンだらけで、キネ旬の「怒り」特集号ではなんと5本も「ドラゴン」映画が紹介されてますね。

当時、同級生の女の子に「なんでドラゴンなの?」と聞かれてうまく答えられなかったことがありました。

「なんでって、龍だから。なんで龍かといわれても・・・」

当時の頭の中は「ブルース・リー=ドラゴン」は普遍の方程式でしたから。

ジャッキー・チェンの「酔拳」公開時は私は大学1年で映画研究会だったので、東映から宣伝のための招待状をもらって見に行きました。その時はまさか、ブルース・リーに蹴られてふっとび首をへし折られた兄ちゃんだとは夢にも思いませんでしたね。

栄枯盛衰。

でも今の映画スターにはなんだか魅力を感じないのはわたしが年をとったからでしょうか。ディカプリオ・・・どうでもいいや。とにかくこれからもみなさんの熱い思いを分けていただき、サイトを充実させていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。