"ブルース・リー" それは全宇宙の真理 武道、哲学、アート、ファッション、音楽からゲームまで世界と人生のあらゆる分野に今も影響を及ぼし続ける世紀の偉人ブルース・リーについて、今あらためて語りましょう。そして永遠に。

ブルース・リーイベント報告

イベント・リポート
大丸商事 主催 李小龍 Action Doll & CD BOX 発売記念イベント "The Final Warning"

とき:1999年5月3日(祝)
ところ:新宿歌舞伎町 TALK LIVE HOUSE LOFT/PLUS ONE

当日来場者全員に配られた豪華な顔合わせのオリジナル・カード
※当イベントは大丸商事・新井社長がBLの肖像権を所有するユニバーサルスタジオに、
<1.主演映画(MA社所有)のイベントであること 2.ファンの決起集会(交流の場)であること 3.CD、フィギュアのPRであること 4.入場無料であること>
を説明した上で了解を得て開催したものです。

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開演前の緊張感漂う場内  昨年(1998年)9月のイベントに続き、新宿ロフト/プラスワンでブルース・リーイベントが開催されました。
前回以上にパワーアップされた今回のイベント。内容的にも"入場無料"では本当に申し訳ないような素晴らしいものでした。それだけにスタッフのみなさんのご苦労は並々ならぬものがあったと思います。一番ご苦労をされながらイベントを充分味わい楽しむことができなかったであろう、スタッフのみなさんに、ささやかながらお礼の気持ちを込めつつ、このイベントを振りかえってみたいと思います。記憶ちがいなどで記述内容に誤りがありましたらご指摘をいただければありがたいです。
 さて当日の予定は開場が午後6時、開演が午後7時ということでしたが、あのキャパシティーですから万が一入場制限などにひっかかったらせっかく東京まで来たのが無駄になってしまう・・・ということで一応余裕をみて1時間前までには会場へ、という計画でした。ところが諸般の事情により到着したのが午後5時45分。店の前には人の気配がほとんどありません。と思ったらスタッフの方が声をかけてくれました。「整理券をどうぞ」とのこと。わたしの番号は"95番"。すると前の94人はどこに?と思ったら、近くの公園で待機しているのでそちらで待て、との指示。なるほど考えましたね。そんな気配りからも、前回とはちがうスケールの大きさがうかがえます。

絶妙な掛け合いを見せる高橋氏と新井氏  指示とおり公園へ行ってみると、いました、いました。ブルース・リー狂が90余人。番号順に並んでいてちょうど"入場行進"が始まったところでした。いや~、すでに出遅れた、という感じのわたしですが、あせりつつも公園で待っている間にブルース・リーTシャツに着替え、心の準備をしました。
 整理番号順に店に入りましたがすでにほとんど満席状態。それでも何とかぎりぎりステージ前を確保。とりあえず生ビールでかわいたのどを うるおし一息ついて待つ事、数十分。忘れないうちに"記念写真"の予約(わたしは"7番"でした)も済ませた午後7時、ロフトプラスワン・横山氏から「今夜はオールナイトなので"だらだらオーダーせよ。昨日の「ウルトラマン系イベントの売上100万超えを目標にせよ"との諸注意をいただき、いよいよ夢の夜のスタートです。

進行役のアルバンブルース・リー店・高橋氏、大丸商事社長・新井氏が、風間健「フォーエバーブルース・リー」にのって登場です。う~んイカせてくれそうな予感。あいさつの後さっそく映像上映ですが、手違いで出てきたのがBLならぬQH(キューティーハニー)じゃないですか。スタッフの誰かの趣味か?気を取り直してDVDにて「ドラゴン怒りの鉄拳」(「精武門」)香港版予告編が流されました。「精武門」といえば、そう本日のメイン・ゲストのお二人が早くも登場です。

 ●橋本力氏、勝村淳氏による"共演者が語る李小龍!"

 まずは勝村淳氏が「ゴジラ」ではなくて「大魔人」の音楽にのって元気よく登場。この辺の音楽センスはさすが"プロT"的です。1月のテレビ東京特番にも出演されていた勝村氏は、やっぱりテレビのまんまです。今現役の悪役俳優として活躍されていますが、さらに凄みをますために"スキンヘッド"にしているとのこと。「精武門」出演時の黒々とした御髪が対照的で場内にお爆笑で受けています。
「精武門」に出演したもうひとりの日本人、橋本力氏とは長い間会っていないので今夜は久しぶりの再会だそうです。

←ゴジラ、いや勝新太郎、じゃない勝村淳です、ヨロシク!
 
←席に着いた勝村氏。さすがは本物。この年齢でも立派なちからこぶを見せてくれました。高橋店長ガンバレ! 

次いでその橋本"大魔神"力氏が、同じく「大魔人」の音楽で(最初は「ゴジラ」の音楽と勘違いしていました)静かにしかし堂々と登場。おふたりは再会を祝しがっちり握手です。聞くところでは本日の楽屋裏でも控え室は別々で、会っていなかったので、本当に久々の再会だったそうです。
橋本力氏も数年前書籍に掲載された写真そのまま。本物です。場内も興奮気味で大いに盛り上がっています。さてどんな話題が飛び出すか・・・。

←ありちゃんとりきさん、久々の感動の再会

  ●橋本力氏、テレビ東京特番出演せず、の謎

 勝村氏も出演し1月に放映されたテレビ東京特番については、実は橋本氏にも出演依頼があったとのこと。しかしなぜか出演はされませんでした。氏の話では、テレ東側の依頼態度に問題があったとのことで、「いやなものはいや」とはっきりしたい橋本氏は、出演をきっぱりとお断りしたそうです。物腰の柔らかそうな方ですが、そういったこだわりと言うか主義はしっかりとしているようです。

 さて本題のBLとの共演についての話です。余談ですがおふたりはBLを"りしょうろん"と言っていました。自然に中国語芸名が口から出てくる感じで、"ブルース・リー"と言うのがかえって不自然な感じでした。ちなみにジミーさんのことは"わんゆー"と呼んでました。また橋本氏は勝村氏を"ありちゃん"(本名の有村から)、勝村氏は橋本氏を"りきさん"と呼んでいました。

「当時は一刻も早く日本へ帰りたかった」と当時の心境を語るリキ・ハシモト氏

今世紀最後の顔合わせに固唾を飲む人たちブルース・リーファン。当日は福岡、大阪、名古屋など遠方からのファンも ●「精武門」出演の経緯(勝村氏の場合)

 当時勝新太郎を映画人として非常に尊敬していたBLは、東京六本木にある勝プロの事務所へ自ら訪ねてきて、 次回作への出演俳優の派遣を要請したそうです。(時期的には「ドラゴン危機一発」公開後だったのでしょうか) そこで勝新太郎氏が指名したのがおふたりだったそうです。

 しかし当時はまだBLは日本ではまだ無名、香港映画そのものも 日本映画より"格下"のイメージがあったし、実際に行ってみると撮影所の建物などもかなり"うらぶれた"ものだった。

←当時を振り返る大魔人、じゃなくてミスタースズキ、でもない橋本力氏

●「精武門」出演の経緯(橋本氏の場合)

 ある日、勝氏から電話で「すぐに3万円を持ってとんでこい」との連絡があり「麻雀か」と出かけたところ「香港へ行って映画に出て楽しんで来い」との指示。 (これはけっこう有名な話ですね)橋本氏も"香港映画は二流"のイメージがあったので「ちょっと出稼ぎに・・・」といった気分で でかけたのだが、ところがそのパワーは"すごかった!"そうです。 (貧しくとも、日本映画からは失われつつあった情熱みたいなものがあったということでしょうか)当時のアクションは 本当に"当てた"。だから迫力があって。人間そのものも"強かった"。 その後BLと共演した映画のことも忘れていたが"ドラゴンブーム"が盛り上がったある日、撮影所でテレビを見ていたスタッフが 「この映画に出ているのはリキさんでは?」と教えてくれて初めて、自分が"あの"BLと共演したのだと認識したとのこと。 BLの主演映画の中でも「精武門」は、今見ても香港映画史上最も素晴らしい名作ではないか。それに共演できたのは、今では非常に 光栄に思っているそうです。
 

●『ドラゴン怒りの鉄拳』(「精武門」)撮影裏話

当時の香港の新聞などは「日本から李小龍を倒しに来た日本人」と大見出しで紹介され、待遇も悪くないものだった。しかし 言葉がわからず苦労した。
日本人柔道師範の"吉田"役で出演していた"カー"さんが、かつて日本に留学しており日本の俳優金子信夫氏と親しかったため、 通訳をしてくれて、非常に親切にしてくれた。休みの日には香港島を案内してくれた。
現場では言葉もわからず映画のストーリーも不明。「悪役だからとにかく憎たらしくやってくれ」と言われた。
なにしろ脚本がなく、場面ごとに通訳を通じて説明されるだけ。 セリフは広東語の文字数から想像して適当に口を動かしたり、短いセリフは音をまねそのまま口にしたりした。
ヌンチャクというものも初めて見た。BLは撮影中にも声(怪鳥音?)を出していた。 アクションの動きはスピードが日本の倍ほどあり驚いた。
撮影合間の食事のお粗末さには参った。便所の横の手洗い場のようなところで七輪ふたつに、飯となんだかわからんゴッタ煮のようなものが準備された。その清潔感の無さに手がつけられないのを見て「米がまずいからか」と勘違いされ、「広東米」から「上海米」に替えてくれたが、その不衛生さは解決されず外食をした。BLは個室での食事だったので何を食べていたのかはわからない。
「精武門」の内容については、現場スタッフの中に半日感情のようなもののあったのかもしれない。しかしそれ以上に前作「ドラゴン危機一発」 を超える興行収入を稼がなければいけないという部分があり、そういったところから国民の「反日感情」に訴える映画にするため日本人が悪役に選ばれた。
そんな中で「自分らの出演場面の殺陣はしっかり自分らで納得するようにやれ」との勝新太郎氏の指示もあり「自分らの方が格が上」といった偏見も手伝って、殺陣の武術指導については妥協せず、かなりがんばった。
「香港映画は二流」という偏見があったため当時は本当に早く日本に帰りたかった。BLのケガによる撮影中止などで 当初1週間の予定だったのが2週間ほどの滞在になってしまい、日本でのテレビなどの仕事ができないのが本当につらかった。 しかし今となってはBLがこれほどの人物だとわかっていたならもう少ししがみついていればよかったな(笑)ロー・ウェイ監督からは 「広東語を覚えろ。そうすればいつでもまた使ってやる」とありがたいお言葉を頂戴した。
柔道場での人物のはかまが前後逆だったのは日本の花魁の帯び、あるいは板前の前掛けのイメージからきたのだろう。当然指摘したが、すでにそこまで撮影したフィルムがあったため今さら訂正することもできなかったので、そのままになってしまった。そんな事情ではあっても橋本氏は日本に帰ってから「お前ははかまの着け方も知らなかったのか」とかなり周囲から言われたとのこと。こういった考証などのいいかげんさには、ふたりは日本人としてかなり憤りを感じていたらしい。
そんな感情も手伝ってか勝村氏はBLとの格闘場面で「かなり本気で」BLを柔道技で投げたらしいが、それがBLが思っていたよりスピードがあり「柔道がそんなに速いわけがない」と、BLは納得しなかった。しかもBLが背中を痛め撮影は2週間中止となった。
背中のケガのため撮影が中止となったことがマスコミにもれたためBLはプライドが傷つき、もらした人間が判明するまでは撮影再会しないと怒ったらしい。もらしたのは誰あろうロー・ウェイ監督であったが、なんとか和解した、らしい。
ふたりはホテルに滞在しており毎朝マイクロバスがスタッフ、キャストを集めて、撮影所へ向かった。BLもそのマイクロバスで撮影所入りしていた。
勝村氏はもともと武術指導の方を志しており"示現流"も勉強していたので、橋本氏の場面の立ち回りでは勝村氏が示現流で振りつけた。
橋本氏のスタントをやったジャッキー・チェンについては、当時はもちろん無名でジャッキーのスタント場面も別の日に撮影され たため会う事もなく、つい最近まで知らなかったとのこと。当時のジャッキーは15~6才だったそうだが、このスタントが映画界入りのきっかけとなった。
BLの体はとても美しかった。見た目はやわらかな筋肉のかたまりだったが、いざ本番となると筋肉の"すじ"がサーッと全体に走るのがわかった。しかし他人の体にさわるのはとても失礼なことなのでさわらなかった。
BLの"生ヌンチャク"を見た日本人はおふたりだけだ。(※「キャメラマン西本正氏も見ています」アクション痴呆顕示さんより)
ワンユー(王羽=ジミー・ウォング)は大変見栄っ張りで、背が低いのに高く見せようと背伸びをしていた。(※「ジミ-さんは本当に背が高く(180)勝村さんの発言の意味は香港のNo.1スターとして勝さんに負けないように背伸び(空威張り)していたという意味です」アクション痴呆顕示さんより)
時間もかなり押していたようですが最後に質問コーナー。

質問1 「BLはどんな人間でしたか」
答 「それほど深い付き合いをしていないのでわからないが、われわれにはとても親切にしてくれた」

質問2 「勝新太郎の奥さんの中村玉緒さんはBLについてどう言っているか」
答 「われわれは勝さんの弟子なので奥さんの気持ちはよくわからないが、BLを知ってはいるだろう」
※この質問をしたのは実はわたしです。貴重な時間につまらん質問をしてすみませんm(__)m(つよし)

質問3 「BLと真剣の示現流が本気で闘ったなら勝負はいかに?」
答 「あくまでお芝居ですから。立ち回りは舞踏と同じ。あくまで芝居ですから"本気でやりあう"ということは考えません」

質問4 「勝プロとゴールデン・ハーベストとの合作話は?」
答 「当時の日本映画界はテレビに押され、斜陽の一途を辿っていた。倒産する映画会社もあったくらいで、とても合作などは考える状況ではなかった」

質問5 「勝新太郎のBLの対する評価は?」
答 「BLの映画は見ていなったが、すでにデビュー作(「ドラゴン危機一発」)が200万HKドルを稼いだのは知っていたので、そういうスターだ、という感覚で見ていたと思う」

 以上でおふたりの出演は一応終りとなりますが、次のコーナーまでの合間にさらにおふたりの会話が続きました。勝村氏は現在60歳で少年野球チームの監督を、橋本氏は65歳で還暦野球チームの監督をそれぞれ務めておられるとのこと。特に橋本氏のチームは在9連勝中であり、次の日曜日の試合に勝てば上のリーグに昇格できるのだそうです。といったところでおふたりはひとまず退場となりました。(午後8時10分)

本邦初公開の写真、ユニコーン氏も写ってます ●大丸商事アクションドール&CD BOXの紹介

 このコーナーではETKプロジェクト・遠藤氏により、今夏、大丸商事より発売予定のCD BOXの中のボーナスCDに収録される遠藤氏オリジナル・アレンジの曲が披露されました。「燃えよマンボー」「怒りのボサノバ」「マウェイ・チャチャチャ」「燃えドラ愛のテーマ」等などと紹介される間に、開演前に予約された勝村・橋本両氏との写真撮影が始まっており、わたしもそちらに行って興奮していたので、この辺は少し見逃してしまいました。

 撮影は日本刀を構える橋本氏、ポーズをとる勝村氏の間に入ってヌンチャクを好きなように構えるといったもので、おふたりのサイン入りポストカードもついて3,000円でした。
CD発売は7月頃の予定とか。新井社長、がんばってください。

あ、ノラ・ミャオさんだ!

これもノラさん、お美しい

公開当時の劇場の写真も今となっては貴重 ●『ドラゴンへの道』配給争奪戦の真実!

 さて、「ミスターBoo!98リミックスバージョン」にのって登場は高橋ブラザース兄ことプロジェクトT主宰・ターヤン氏です。続いて松竹富士映画・筒井氏の登場です。おふたりを中心に当時のブルース・リー映画の"仁義なき争奪戦"についての全貌が語られました。

当初「燃えよドラゴン」正月映画の補欠として登場した。

ゴールデン・ハーベストからのBL映画売りこみの話は最初に東和に来たのだが、蹴った。しかし最初にコンタクトがあった東和がその後も交渉の優先権を持った。

東和が最初に買った映画「ドラゴン危機一発」に抱き合わせでついてきたのが「片腕ドラゴン」。「片腕・・・」が先に公開されたので、日本で初めて公開された香港映画は「片腕ドラゴン」ということになった。さすがジミーさん!

東映洋画部は当時発足して間がなく、旧来の映画興行界の固定観念がなかったので、自由な発想でなんでもできた。怖いもの知らず?

東映洋画部にゴールデン・ハーベストから直接売りこみの連絡が入った。「BL映画がまだ1本残っているが買わないか」それが「ドラゴンへの道」だった。業界の慣例では交渉の優先権は、先に取引のあった東和にあったのだが、東映洋画部は知らずに契約してしまった。当時の50万HKドルでの契約だが、1年前なら5万HKドルでできた買い物だった。

当然東和より圧力がかかるものの契約を押し通して断固上映。ただし宣伝網などは弱かったため東和に依存。サントラ・レコードの発売も東和から、ということになった。

その見返りとして「死亡遊戯」は東和配給となるわけですが、「死亡遊戯」完成への原動力は日本の映画会社の配給権争奪合戦だったということは有名な話ですね。

「死亡遊戯」香港プレミアには東和がツアーを組んで大挙日本からマスコミ、ファンなどを送りこんだが、その時の貴重な写真があったとのことで、筒井氏本邦初公開してくれました。

「死亡遊戯」は結局日本では配収8億円だったが、今の価値では20億円くらいだと思う。アメリカではあまり成功ではなかったようだ。アメリカでのプレミア時の写真も公開。BL本人ではなく唐龍の来たトラック・スーツが見えたりしますが、これは現在某オークションにかけられ、現在日本にある、とのこと。

ジャッキー・チェンの日本での出世作「酔拳」は、監督の呉思遠がフィルムを持って、直接東映にやって来た。そして25万HKドルで売り込んだ。東映は「ゴールデン・ハーベストのフィルムは東和が優先では・・・」と遠慮したそうだが、「酔拳」はGHでなく独立プロダクションの作品であり、ジャッキーも当初はそこに所属していたので大丈夫、ということでこれも東映に渡った。その後東和がジャッキーをGHに映画の権利ごと移籍させたとのこと。

しかし「新精武門」だけは東映の岡田社長(当時)が「誰がこんなんもん、見るの?」ということでそれだけは東映も買わなかった。

時々うわさになるサニ千葉(千葉真一)とブルース・リーの共演話については東映洋画部・鈴木専務が「そんな話はなかったよ」明言しているとのこと。

以上、ブルース・リー関連映画の配給権裏話が終了した後、今月よりキネカ大大森で始まるブルース・リー特集についての告知が行なわれました。ブルース・リーをスクリーンで見る、これはとても大事な事ですね。(午後9時15分)

なお、当日は李小龍グッズの展示即売、CDやビデオの予約など、せまい会場で盛りだくさんに催しがなされましたが、なにしろ身動きもままならない状況だったのでじっくり見られないのが残念でした。貴重な雑誌や未発表写真セット、レアビデオ、限定2500セットCD-BOXの予約など、あ~たまらん。
 

激レア裏話に花を咲かせる筒井氏・ターヤン氏・新井氏 ●『死亡遊戯』のすべてパート2

 次のコーナーはいよいよ李小龍のレア映像と「死亡遊戯」です。ゲストは前回に続き李小龍電影倶楽部・HIDE氏、そしてBLファクトリー・竹田氏です。おふたりともレア映像と「死亡遊戯」については単なるファンやマニアの枠を超えた情熱をお持ちですから、どんな内容になることやら、どきどきしてきます。

まずは竹田氏から、「死亡遊戯」最新情報など

今うわさの「死亡遊戯・完全版」については完成もしていないし、もちろん公開の予定などもない。"完全版"完成はメディアアジア社・ベイ・ローガン氏の"願望"というレベルにあり、現実は「精R気西暦2000年頃に完全版制作をスタートさせたい」といった状況であるが、現実する見込みはうすい。

内容的に何をもって"完全版"と見なすのかは各人の判断によるが、MA社では「約120分ある映像のうちのOKテイクとCG合成を使い、2~3年をめどに1本の新作映画として(現在「死亡遊戯」と呼ばれる映画とは別物)制作する。

しかし「本当に完全版は完成するのか」というと「多分無理でしょう」と竹田氏。MA社としてはまずは利益確保を優先させなければならないが、「死亡遊戯」で"マーケットがせまい"らしい。つまり"商売にならない"。2月のツアーで、MA社は"こんなにも「死亡遊戯」は注目されているんだぞ"と世界中にアピールするつもりだったのが、ツアー中止でだめになったので、MA社はかなり腰がひけてしまっている。

なお、これもうわさになっていた"アイマックス版死亡遊戯"は、すでに完成しているが、今のところどこでも上映の予定がないそうです。

その後、新たな「死亡遊戯」未公開映像も発見されているのでそれらも追加して、10月のツアーではすべての未公開映像を見せます、と竹田氏。さて、その中にファンなら誰でも気になる「野原のシーン」はあるのか、ないのか?これについては「わかりません」。

竹田氏曰く「ブルース・リー関連の版権を持っているのはみんな悪いヤツ、それを買うのも悪いヤツ、さらにそれを"流す"のはもっと悪いヤツ」とのこと。とにかく複雑な利権関係がすべてをナーバスにさせて、ブルース・リー未公開映像をますます闇の中へ押し込めているような、この言葉が印象的でした。しかしそれを白日のもとに公開させるのは、我々ファンひとりひとりの情熱による働きかけが大事であり、来年は生誕60周年にあたるので、特に今年から来年にかけての動きが重要となる。

「死亡遊戯」その他の作品については、実はブルース・リーが映っていない未公開映像もたくさんあるので、その辺も頭に入れておきたい。「もしかするとGHやMAはブルース・リーが映っていないフィルムはすべて破棄しているのでは・・・」という新井氏の発言に不吉な予感が。
 

ゲストのふたりとの写真撮影をするともらえたサイン入りポストカード
李小龍は直筆ではありません、念の為 ●AK氏オリジナル編集映像初公開!

 次にいよいよみなさんご存知のAK氏編集によるAKオリジナル「死亡遊戯」映像です。AK氏が、現在入手可能な「死亡遊戯」映像をできるかぎりBLのオリジナル構想に近い形で編集したものです。編集にあたっては"なにわBL倶楽部"グリース・チー氏作成の、昨年の未公開映像鑑賞ツアーでの記憶から書き起こした絵コンテをもとにしているとのこと。AK氏は以前にもこれのバージョン1を作成しているが、今回はこのイベント用にラフ編集したバージョン2となっている。両バージョンのちがいは"1"が効果音が書けている部分があり、前編バックに音楽を流していたが、"2"はラフ編集とはいえかなり細部にわたり効果音が挿入されている。またBLのセリフも他作品から引用して、空白を埋めている。また当然"1"以降に入手可能となった映像が追加されており、完成度は格段に高まっている。AK氏はさらに完璧を求めたバージョン3も構想中であり、最終的には全編シネマスコープサイズの1本の映画として完成させるつもりらしい。
 バージョン2は時間的には約30分ほどあったような気がする。特にパスカルとのヌンチャク戦が"1"より長くなっているような気がした。

 これは初めて見る人にとってはかなりショック、というか新鮮というか、ほとんど"新作映画"を見るような気分だったのではないだろうか。場内全体が固唾を飲んで映像を見守る、という感じで場内を一種異様な雰囲気が漂っていました。もちろん終了後は拍手喝さい、絶賛の嵐だったのは言うまでもありません。この盛り上がりをMA社を始めとする業界のみなさんに認識してもらいたいと思います。(どーしても見てみたいな、という方はAK氏主宰の"AKのヒーロー大好き"のこちらで一部見ることができます。期間限定だそうですのであしからず)

 自分も以前は8ミリ映画などで編集や音入れをやっていたが、AK氏の相当に根気の要る気の遠くなるような作業に思いを馳せると、改めて尊敬の念を禁じえないものがありました。
 

え、5,000円で落札?わたしも欲しい!


再登場してオークション落札者に大サービスするお二人
 ●オークション

 今回の目玉のひとつ"オークション"です。ゲストの勝村氏、橋本氏も再登場です。オークションにかけられたモノは以下の通りです。落札価格は間違っているかもしれません。

橋本力氏直筆「東亜病夫」看板(落札価格5,000円)
橋本力氏直筆「東亜病夫」ミニ色紙(同 3,000円)
李小龍関連記事掲載の香港の新聞(含む ロイ・チャオ氏死亡記事掲載新聞)※席をはずしたため記事内容が充分確認できませんでした(同 4,000円)
当イベントIDパス各種(?円)
当イベントIDパス版下+大丸商事オリジナルクリアファイル(同 3,000円)
全体的にあまり値が競りあがらないのに驚きました。まあ、現在のマニア間での取引価格が異常なのかもしれませんね。時間が押していることもあったのかも知れませんし、主催側がそんなに値を吊り上げる気もなかったようです。おかげでわたしもミニ色紙を落札?することができました。写真とともに末永く我が家の家宝とします。

それにしてもすでに午後10時をまわったところで、多分ゲストのおふたりはすでに帰っている予定だったのではないかと思いますが、まだ元気にお付き合いしてくれていました。特に勝村氏はアルコールも入ったのか、大暴れ?で盛り上げてくれました。
 

当日の進行とはまったく関係なく盛り上がるお二人
酔った勢いでか、勝村氏の「座頭市」のものまねまで
飛び出し、勝新の吹替え役の本領を発揮 ●李小龍超レア映像&世界初公開!李小龍超激レア映像上映

 そして今回の大目玉は世界初公開レア映像ですが、決して「死亡遊戯」の、というわけではありませんので、念の為。上映前に、未公開映像をMA社から借りてきたというBLファクトリー・竹田氏、大丸商事・新井氏からいくつかコメントがあり。

古いフィルムは昔は破棄されていたが、文化遺産として日本劇場公開版フィルムは東京京橋のフィルムセンターに保存されている(らしい?)みんなで働きかければ上映されるかも。以前「ミスター・ブー」も上映された。
「死亡遊戯」完全版はリリース予定なし。生誕60周年を迎える来年にかけてのファンの動きがカギとなるだろう。
 ここでレア映像としてまず前回上映されたレア映像集のダイジェスト版を上映。解説はHIDE氏。続いてそれ以降に発掘された映像が上映された。

「ハリウッド・リール・トゥ・リール」からテストテープ
香港TVBのBL死亡直後の特集番組「ブルース・リーズ・デス」(1973年7月25日放映)より一部
「ラストデイ・オブ・ブルース・リー」(邦題 ありし日のブルース・リー」)より抜粋と現在のティン・ペイの様子※出家したとのことだが相変わらずアイ・シャドウがたぬきのようで、場内爆笑
親友ユニコーン主演「麒麟掌」よりBL出演(?)場面※意味もなく挿入されるBLの写真や隠し撮りカットが笑えました
CG合成によりBLが出演した「アンブレラ・ストーリー」
青年時代の主演作「人海孤鴻」よりL白熱の性格俳優演技※アクションなしでもかなりイケてる俳優だったのね
「ザ・グレイテスト」よりアメリカ青年時代のチャチャチャ・ダンス場面
「ドラゴンへの道」日本公開時予告編の劇場隠撮りフィルム※これも懐かしい、というかたぶんわたしは初めて見たのでしょう。劇場で8ミリカメラ(ビデオじゃないよ)をまわすつわものが当時はけっこういたんでしょうねえ
「イモータル・マスターズ」よりロングビーチ鮮明映像
「ワーナー75周年記念ビデオ」よりBL合成映像
「燃えよドラゴン」ビデオおよび同ボックスセット販促用ビデオ完全版
今回も多数映像が網羅されて大変充実した内容でした。HIDE氏はじめスタッフのみなさんに感謝です。そしていよいよ"未公開映像"の上映です。竹田氏から「ビデオ撮影等は厳禁」と再度念押しがあり、スタッフすらまだ見ていないというビデオが竹田氏の手によりデッキにセットされました。MA社がこの日のために所有フィルムの一部を初めてテレシネしたものだそうです。その内容は・・・

「死亡○○」での未使用フィルム※「○えよ」で○ンが「ジェントルメン!レッツ・ザ・トーナメント・ビギン!」と言ってぶどうをほおばるシーンの別バージョンでした。たしか本編使用分よりも長くて、ほおばったぶどうの種を口から出してもう一言、という感じのカットが3テイクほど
同じく「死亡○○」での未使用フィルム※「○えよ」のBLが○ャットスーツをを着るために上半身裸になるカット、○ャットスーツを着るカット、○ャットスーツを着て背のファスナーを上げるカットの3つだったと思います。たしか昨年から見られている「ビハインド・ザ・シーン」という映像にも同じようなカットが含まれていたらしいですが、それよりも今回は長かったそうです。ちなみに「ビハインド・ザ・シーン」のマスターをベイ・ローガンは紛失したとか・・・ほんとかな?
またまた「死亡○○」での未使用フィルム※最初と同様、トーナメントでの○ンの場面のカット。○ン・スエなどの顔も見えました
以上全体で約15分くらいのサイレント映像でしたが、場内は固唾を飲んで見守っていました。ものの性格上あまり明確に記述するのは問題がありそうなので、あえて伏字をちりばめましたが、わかる人にはわかるでしょう。(※これらの映像はすでにマニアの間では海賊版として出まわっているらしく、厳密には世界初とは言えないらしいですが、わたしも含めて純真な?素人衆に向けては初公開だったでしょう)

MA社は「死亡○○」制作時未使用だった「○えよ」NGフィルムをかなり保有しているらしいです。ご存知ジョン・リトル氏は現在、再度「燃えよドラゴン」を制作しようとしているそうですが、肝心のワーナー社が乗り気でないようです。世界中にマニアはいるものの、ある程度まとまった商売になるのは、今日本だけだそうです。ぜひNGフィルムをめいっぱい活用した「燃えよドラゴン・完璧版」を制作してほしいですが、Jリトル氏の吹替えだけは勘弁してほしいと思います。

●その他の未公開映像情報

 竹田氏より気になるその他の映像についての情報がありました。

スクリーン・テストフィルムがMA社かGH社に残っているらしい
うわさの「精武門」テレビCMスポットは、存在しない
「ドラゴンへの道」NGフィルムがGH社にある
企画モノ「細鳳」のテストフィルムがある、らしい
香港TVB「エンジョイ・ユアセルフ・トゥナイト」フィルムは破棄されていたらしい
タバコ「ラーク」CMフィルムは現在発掘中
その他香港のニュース映像がある、らしい
ショウ・ブラザース フォト・セッション映像フィルムがあるはず
ショウ・ブラザース 1971年スクリーン・テストフィルムがあるはず
「死亡遊戯」フォト・セッション8ミリフィルム映像、K氏が所有している、らしい
その他出演作品のNGフィルム
とにかく現状はMA社もW社もやる気がない状態で、唯1人ベイ・ローガン氏が情熱を持っている。しかし彼も決してMA社上部の人間ではないのでなかなか先に進まないのが現実である。(午後11時30分)
 

このつわものたちは、次回もやらかしてくれるのだろうか?  エンディングは恒例「ブルース・リーの神話」エンディング映像で終了。スタッフのみなさま、お疲れ様でした、そしてありがとうございました。引き続きかなりの方が第二部にも残り、朝4時までの「濃い」時間を過ごす事ができました。

 第二部がこれまたかなり楽しいものでした。わたしも楽しみながらも途中居眠りをしてしまい大変失礼しました。でも初めて見る映像も多くて大変うれしかったです。しかもふと客席を見ると、勝村氏と橋本氏が観客に混じって鑑賞しながら、まわりと気軽に話をしているではないですか。このように"見る側と見られる側の垣境界があいまい"なのが、このロフト/プラスワンの魅力なのでしょうね。お二人とも本当にお元気で、結局朝までおられて、最後には勝村氏は出口でひとりひとりに声をかけ、気合を入れてくれました。

 こうしてスタッフも観客も全員が心地よい疲労をひきずりながら、新宿の街へと消えて行きました。次回開催への期待を胸に秘めて・・・。